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名古屋地方裁判所 平成6年(行ウ)35号 判決

原告 株式会社森本組

被告 愛知県東新県税事務所長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成五年六月一〇日付けでした別紙物件目録記載の建物についての不動産取得税の賦課処分を取り消す。

第二事案の概要

一  争いがない事実等

1  原告は、平成三年二月二五日、株式会社名古屋巧匠(以下「名古屋巧匠」という。)との間で、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、名古屋巧匠を注文者とする次の内容の請負工事契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。なお、工期は、後に、当事者間の合意により、平成四年三月二五日までと変更された。

(一) 工期     平成四年二月末日まで

(二) 請負代金の額 三億三九九〇万円

(三) 請負代金の支払時期

〈1〉 平成三年四月末日 一億円

〈2〉 上棟時      一億円

〈3〉 完成引渡時    一億三九九〇万円

2  本件建物の工事は、平成四年三月五日ころまでにほぼ完了し、同月九日には、名古屋市の建築主事による工事完了検査が行われ、同月一〇日付けで、建築主である名古屋巧匠に対して検査済証が交付された。そして、名古屋巧匠は、同年四月一〇日、原告に対し、本件建物が竣工したことを確認した。そして、同日、原告と名古屋巧匠とは、本件建物について、名古屋巧匠を注文者とし、請負代金の額を一五〇万円とする追加変更請負工事契約(以下「本件追加変更契約」という。)を締結した。

3  しかし、右の時点では、本件請負契約と本件追加変更契約の代金額の合計三億四一四〇万円のうち平成三年四月末日に支払うべき一億円は支払われていたが、その余の請負工事代金は支払われていなかったため、原告は、本件建物を名古屋巧匠に引き渡すことなく、自らその維持管理を行っていた。

4  名古屋巧匠は、平成五年二月一日、本件請負契約と本件追加変更契約の代金の残額二億四一四〇万円のうち二〇〇〇万円を原告に支払った。そして、同月一二日には、原告と名古屋巧匠の間で、右代金の残額について名古屋巧匠が分割で支払う旨の合意が成立し、原告は、同月一八日、名古屋巧匠に対し、本件建物を引き渡した。また、名古屋巧匠は、同月二六日、本件建物について、名古屋巧匠を所有者とする所有権保存登記の申請をし、その旨の保存登記を経た。

5  被告は、平成五年六月一〇日付けで、本件建物につき、「家屋が新築された日から六月を経過して、なお、当該家屋について最初の使用又は譲渡が行われない場合においては、当該家屋が新築された日から六月を経過した日において家屋の取得がなされたものとみなし、当該家屋の所有者を取得者とみなして、これに対して不動産取得税を課する。」との地方税法(以下「法」という。)七三条の二第二項ただし書の規定に基づき、原告に対し、課税標準額を一億一五五六万二〇〇〇円として不動産取得税の賦課処分をした。

(右2の事実のうち、平成四年三月一〇日付けで建築主である名古屋巧匠に対して検査済証が交付されたこと及び名古屋巧匠が同年四月一〇日原告に対し本件建物の竣工を確認したこと、右3の事実並びに右4の事実のうち、名古屋巧匠が平成五年二月一日本件請負契約と本件追加変更契約の代金の残額二億四一四〇万円のうち二〇〇〇万円を原告に支払ったこと及び同月一二日に原告と名古屋巧匠の間で右代金の残額について分割支払の合意が成立したことは、証拠(甲三ないし五、乙二、三)と弁論の全趣旨により認められる。その余の事実は、当事者間に争いがない。)

二  争点

1  本件建物が新築された日から六月を経過した日の本件建物の所有者は、原告か名古屋巧匠か。

(一) 被告の主張

本件建物が新築された日は平成四年三月九日であるところ、右新築の日から六月を経過しても、なお、本件建物の最初の使用又は譲渡が行われなかったから、右新築の日から六月を経過した日(同年九月一〇日)に取得があったものとして、その日の所有者に対して、不動産取得税が課される。

ところで、建物建築の請負契約において、請負人が材料の全部を提供して建築した場合には、当事者間の特約等の例外的な事情がない限り、その建物の所有権は、原始的に請負人に帰属し、請負人から注文者に対して建物が引き渡されたときに請負人から注文者に移転するものと解すべきである。

本件請負契約においては、請負人である原告が材料の全部を提供して建築している上、建物の所有権の移転時期について特約はなく、その他の例外的な事情もないから、本件建物の所有権は、新築の日に原告に原始的に帰属し、原告から名古屋巧匠に対して建物が引き渡されたときに名古屋巧匠に移転したものというべきである。

そうすると、右新築の日から六月を経過した平成四年九月一〇日において、原告から名古屋巧匠に対する本件建物の引渡しはまだ行われていなかったから、その時点における所有者である原告に対して不動産取得税を賦課すべきことになる。

(二) 原告の主張

建物の建築請負契約においては、注文者が、完成した建物の所有権を原始的に取得すると解すべきであるから、本件建物については、平成四年四月一〇日ころ、注文者である名古屋巧匠がその所有権を取得したものというべきである。

2  地方税法七三条の二第二項ただし書は、建物を建築した請負業者には適用されないか。

(一) 原告の主張

〈1〉 「利益なければ課税なし」というのは、税法上の大原則である。不動産取得税についても、建物が新築された場合には、その建物が最初に使用されたとき又は譲渡されたとき(マンションや建売住宅の販売を業とする者が注文者として新築の建物の譲渡を受けた場合を除く。)に、不動産取得税を課税するものとし、また、形式的な所有権の移転があるにすぎない場合には、不動産取得税を課さないこととしているから、不動産取得税は、運用益を期待することができる不動産の取得に課税することとしているものということができる。

本件において、原告が、本件建物の所有権を取得したとしても、原告は、名古屋巧匠が請負代金を支払うまでの担保として所有権を取得したにすぎないから、原告に本件建物について運用益が生ずる余地はない。

〈2〉 譲渡担保が設定された際の不動産所有権の移転については、設定の日から二年という限定はあるものの、不動産取得税の課税原因事実には該当しない(法七三条の七第八号)。

本件において、原告が本件建物の所有権を取得したとしても、名古屋巧匠が請負代金を支払うまでの担保として所有権を取得したにすぎず、かつ、所有権取得後二年以内に名古屋巧匠に対して本件建物の所有権を移転しているから、右の譲渡担保権が設定された場合と比べて、それ以上に不利益に扱われる理由はない。

〈3〉 請負業者が順調かつ円満に請負代金の支払を受けた場合には、新築後六月以内に建物を引き渡すから、請負業者が不動産取得税を負担することはない。

ところが、本件において、原告は、注文者の債務不履行により、新築後六月以内に建物を引き渡すことができなかった。このような原告に対して不動産取得税を課すことができるとすると、原告は、注文者の債務不履行という、自己に責任のない偶発的な事情によって課税されることになり、順調かつ円満に請負代金の支払を受けた業者と比べて著しい不利益を被ることになる。また、被告は、注文者の債務不履行という偶発的な事情によって、原告と注文者に不動産取得税を課すことができることになるが、このように二回課税できるというのは、不合理である。

〈4〉 以上述べたところからすると、法七三条の二第二項ただし書は、原告のような建物を建築した請負業者には適用されず、建物の建売業者や分譲業者が、建物が新築された日から六月を経過して、なお、当該建物の使用を開始し又は譲渡しなかった場合に、それらの者に課税する旨の規定と解すべきである。

(二) 被告の主張

不動産取得税は、いわゆる流通税に該当し、不動産の移転の事実自体に着目して課されるものであって、不動産の取得者がその不動産を使用・収益・処分することにより得られるであろう利益に着目して課されるものではない。したがって、本件において、原告による本件建物の取得が運用益を期待することができないものであるとしても、不動産取得税を課すことができる。

第三証拠〈省略〉

第四当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記第二の一2のとおり、本件建物の工事は、平成四年三月五日ころまでにほぼ完了し、同月九日には、名古屋市の建築主事による工事完了検査が行われ、同月一〇日付けで、建築主である名古屋巧匠に対して検査済証が交付されており、これらの事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件建物が「新築された日」は、平成四年三月九日と認めるのが相当である。

2  ところで、建物建築の請負契約において、請負人が材料の全部を提供して建築をした場合には、その建物の所有権は請負人が原始取得し、請負人が注文者に建物を引き渡した時に、請負人から注文者に移転するものと解すべきである(法七三条の二第二項本文は、そのような解釈を前提とし、括弧書内において、一定の建売業者について、請負人から引渡しにより所有権を承継取得しても、その時には課税せず、その後の使用、譲渡があった時に課税すべきものとしている。)。もっとも、当事者間において建物の引渡時と異なる時期に建物の所有権を注文者に帰属させ、あるいは移転する旨の合意をした場合には、その時期に建物の所有権は注文者に帰属することになる。

3  証拠(乙三)によると、本件請負契約においては、請負人が材料の全部を提供して建築工事を行ったものと認められる。

そして、前示のように本件請負契約においては、請負代金を三回に分割弁済する旨合意されているが、それによって建物の引渡前にその所有権を注文者に帰属させる旨の合意がされたものと認めることはできず、他に、本件請負契約において建物の所有権の帰属時期について特段の合意がされたとすべき事情を認めるに足りる証拠はない。

また、前記第二の一の事実に証拠(甲五、乙三)を総合すると、名古屋巧匠は、本件請負契約と本件追加変更契約の請負代金合計三億四一四〇万円のうち、平成三年四月一〇日に一億円を、平成五年二月一日に二〇〇〇万円をそれぞれ原告に支払ったものの、その余の請負代金については平成五年二月一八日に本件建物の引渡しを受けるまで支払わなかったことが認められるので、請負代金の支払状況から、本件請負契約締結後、本件建物が建物と認められる状況になるまでの間にその所有権を注文者である名古屋巧匠に原始的に帰属させる旨の合意が成立したものと認めることはできない。

さらに、本件においては、新築後六月を経過するまでの間に所有権が原告から名古屋巧匠に移転したとすべき事情を認めるに足りる証拠もない。

4  よって、本件建物の所有権は、本件建物が建物と認められる状態になった時に請負人である原告に原始的に帰属したものであり、前示新築の日から六月を経過した日においては、原告が本件建物の所有者であったことになる。

二  争点2について

1  法七三条の二第一項の不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産の移転の事実自体に着目して課されるものであって、不動産の取得者がその不動産を使用・収益・処分することにより得られるであろう利益に着目して課されるものではない。すなわち、不動産取得税は、不動産の所有権の取得があれば、そこに担税力が認められるとして課されるものである。

しかし、家屋の新築の場合には、家屋を原始取得した請負人に不動産取得税を課した上、請負人から家屋の引渡しを受けてその所有権を取得した注文者にも課税することにすれば、請負人に課される不動産取得税が請負代金の増額等により注文者に転嫁され、注文者において実質的に不動産取得税を二重払いしなければならなくなるおそれがあり相当ではない。そこで、同条第二項本文は、当該家屋の最初の使用又は譲渡がなされた日に取得がなされたものとみなし、当該家屋の所有者又は譲受人を取得者とみなして課税することにしたものである。また、同項本文括弧書は、注文者がいわゆる建売業を行っている場合には、請負人からの所有権取得の際に課税すれば、同様に建売業者が購入者に転嫁し、購入者が実質的に二重払いしなければならなくなるおそれがあり相当ではないとして、一定の建売業者については、取得時期の特例を設けているものである。

そして、同項ただし書は、右のような本文を前提として、いつまでも使用が開始されず、また、譲渡もされない場合に課税しないで放置することは相当ではないとして、家屋の新築後六月が経過した場合には、その時点で取得があったものとみなし、かつ、当該家屋の所有者を取得者とみなして不動産取得税を課すことにしているものである。

2  原告は、法七三条の二第二項ただし書は、原告のような建物を建築した請負業者には適用されない旨主張する(前記第二の二2(一))が、その主張は、次のとおり採用することができない。

(一) 前記第二の二2(一)〈1〉の主張について

前記第二の一の事実によると、原告は、請負契約に基づき建物を建築したことによって原始的に本件建物の所有権を取得したのであるから、その所有権の行使は実質的には担保目的に限られるといえるが、右1において判示したように不動産取得税は不動産の取得に着目して課されるものであって、その使用収益に着目して課されるものではないから、原告に運用益が生じないことをもって、法七三条の二第二項ただし書の適用を排除する根拠とすることはできない。

また、右1において判示したように、右ただし書は、本件のような場合に適用することを前提として設けられたものであり、その適用を建売業者、分譲業者が家屋を所有し続けている場合に限定すべき根拠はない。

(二) 前記第二の二2(一)〈2〉の主張について

右1において判示したように、法七三条の二第二項ただし書は、本件のような場合に適用することを前提として設けられたものであり、本件においては譲渡担保権設定契約が締結されたわけではないから、別の趣旨で設けられている譲渡担保との対比により、右ただし書の文言を離れてこれを限定的に解釈することはできない。

(三) 前記第二の二2(一)〈3〉の主張について

右1において判示したところによると、本件のような場合に請負人と注文者の双方に不動産取得税を課すことになるのは、法七三条の二が予定しているところというべきであり、不動産取得税の流通税としての性格上、その結果をもって不合理であるとすることはできない(請負代金の支払確保のために同時履行の抗弁権を行使するかどうか、いつまで行使するかは、請負人において自由に決定し得ることがらであり、また、債務不履行があった場合の処理(所有権移転時期、課税による損害の填補方法等)については、予め請負契約において合意しておくことができる。したがって、双方に不動産取得税を課すことが不合理であるとはいえない。)

3  したがって、本件において、請負人である原告について、法七三条の二第二項ただし書の適用を排除すべき理由はないというべきである。

第五総括

以上の次第で、本件請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治 森義之 岩松浩之)

別紙物件目録〈省略〉

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